昭和62年11月21日、三宅島噴火。
溶岩がどんどん流れ出て、役場のある元町に近づいていた。溶岩が海に到達すると、激しい水蒸気爆発が起きて多くの島民の命に関わる。政府の指示で、全島民が船で避難することとなった。
自衛艦のほか、南極に向かっていた観測船「しらせ」も救援に向かったのだが、実はこの全島民避難は、何の根拠法もないまま官邸(中曽根康弘総理、後藤田正晴官房長官、佐々淳行内閣安全保障室長)が勝手に決めたこと。東京都ほか所轄官庁を飛び越えた上に、国民の権利を不当に制限する憲法違反と言われても仕方のない措置だった。
 
この時、中曽根総理が言ったとされる言葉:
「私が全責任を持つ。佐々安保室長、やれ。」
 
「俺が責任を取る」というのは一種のサムライの美談として扱われることが多いけれど、法令遵守の観点から見ればとんでもないことで、総理大臣だから何をやっても許されるのか、という議論が起きて然るべきである。佐々安保室長が実務を仕切る根拠となった安全保障会議設置法という法律があるにはあるが、これは、総理大臣が重大緊急事態に対処するための会議を内閣が主催できると言っているだけで、三宅島の島民を強制的に移動させるような権限はなく、会議を開いたからといって憲法の定める国民の移動の自由を妨げはしないのである。
 
平成7年1月17日、阪神・淡路大震災。
警察力では手に負えない、軍事力によるほかないカタストロフという意味で、現場は戦争状態にあったと思う。が、時の内閣総理大臣は地震発生から1時間50分後までその事実を知らされず、そして2日後の19日まで予定通りの日程をこなした。震災当日は文化人との懇談会、翌朝は財界人との朝食会… 自衛隊の最高司令官は、戦争状態にある国民を自ら守る素振りさえ見せなかった。
総理自身は「振り返ると、初めてのことであり…」と言い訳していたけれど、平時から総理自身に戦争状態への想像力があったならば、少なくとも懇談会や朝食会に行こうとはしなかったと思う。
 
平成23年3月11日、東北地方太平洋沖地震。
地震後の津波により、福島第一原発がSBO(電源全喪失)に陥ったことが早くから明らかになっていた。電源を回復するために、吉田昌郎所長は電源車を至急寄越すよう本店に依頼した。しかし、道路は大混雑で、いち民間企業に過ぎない東電には優先して道を走る権限などあるはずもなく、現場は、電源車が渋滞を抜けるのをひたすら待つしかなかった。
 
地震直後に発電所のスクラム(臨界停止)には成功していたのだから、あとは原子炉を安全に冷やすだけ。その冷却水を循環させるポンプが電源喪失で動かず、冷却に失敗したことで水素爆発を引き起こしてしまった。
 
歴史にifはないけれど、時の総理大臣が
「電源と冷却材をありったけ、米軍からでもロシア軍からでも調達して大至急ヘリコプターで運びなさい」
「東電の電源車が現場にすぐ着けるように、警察が先導して一般車の通行を制限してでも至急向かわせなさい」
と適切に指示できていたならば、もっと言うと、内閣危機管理監(内閣安全保障室長が平成10年に官房副長官級に格上げされたポスト)を上手に使いこなして、東電だけでなく、防衛省・警察庁・経産省・国土交通省といった所轄官庁との連携を取っていたならば、3.11後の世界は今とは全然違うものになっていただろうとつくづく思う。中曽根・後藤田・佐々という、ベスト&ブライテストの面々と、あの人たちを比較するのが酷なのは分かるのだけれども。
 
当今、憲法改正案のひとつとして「緊急事態条項」の創設が議論されている。
ここまで書けばお分かりになると思うけれど、この条項の趣旨は、上述の中曽根総理の差配に法的根拠を与えるものにすぎないということ。
阪神でも東日本大震災でも問題になったように、マイカーが道路に溢れて自衛隊、警察、消防のクルマがスムースに通行できずに人命救助が遅れる事態に対して、国民の権利を一部制限してでも、緊急事態に至急対応しなければならない人や物の移動を優先させる為の根拠が必要なことは言うまでもない。
通常は自治体が対応する業務であっても、それが出来ない非常事態に限って、内閣が行政組織の仕組みを超えて指示を出せる法的枠組みをつくることが、そんなにいけないことなのだろうか。
 
で、すんごく前置きが長くなったけど、ハフィントン・ポストに掲載されている以下の記事が気になった。
 
「憲法改正による「緊急事態条項」創設は、災害の現場にとって有害・危険・邪魔でしかない」津久井 進
http://www.huffingtonpost.jp/susumu-tsukui/emergency-article_b_9552420.html
 
勇ましい見出しだけど、本文を読むに、小学校の避難まで内閣が逐一指示すると思ってるんだろうか、この方…?
そして、
「緊急事態条項は、一人ひとりの小さな命よりも国益や統一性を重んじた災害対策となりがち」
と断定してるけど、一人ひとりの小さな命を守ったのがほかならぬ中曽根総理の超法規的措置(現行憲法では違反となる緊急事態条項そのもの)。反対に、一人ひとりの小さな命も国益も統一性も見捨てて会食に出かけていたのが阪神・淡路大震災の時の総理。
 
何が何でも安倍総理や自民党を悪者にして、民主党や社会党は善玉にしたいというイデオロギーありきで無理矢理記事を仕立てあげてしまっているようにしか見えないんだけど。
 
おしまいに、未確認情報として、福島第一の事態の報告を受けたヒラリー・クリントン米国務長官が、米軍の持つ冷却材の提供を日本政府に申し入れていたが、何と官邸がこれを拒絶していたのだとか。
真偽のほどは不明だが、米国の情報公開法で遠からず明らかになるのではないか。事実だとしたら、米軍が好きではないという時の政権のイデオロギーが国民の安全を蔑ろにしたことになる。
 
ああ、いやだサヨクって。
 

ほんとに、彼らが日本を滅ぼす
佐々 淳行
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