冬にパリで買ってきた漫画”orange”(もちろんフランス語版)を読んでいる。この作品に限らず、西洋ではおよそ例を見ないはずの右綴じが普通に流通しているのは、日本の漫画の浸透力の凄まじさなのだろう。
魅力あるものならば、既存の形と違うフォーマットであっても受け入れられるという好例だと思う(なんでもかんでもこちらが外国人に合わせてやる必要はないのだ)。

で、主人公たちは高校生なので、交わされる会話もくだけたものが多い。たとえば「時間ある?」を”T’es dispo?”と訳している。僕が訳したら間違いなく”Est-ce que tu auras le temps?”になっていただろう(小学生の頃から古式ゆかしいフランス語しか習っていないので、フランス人と話していると「ムッシュ・ミズノは一体どこでフランス語を学んだんですか?」と驚かれることが少なくないんだけど、それは褒め言葉であると同時に、日本人のくせに堅苦しい表現すぎるぞ気持ち悪いぞという警告だったのかもしれないと今にして思う)。

この漫画の舞台は長野県松本市。地元ネタが多数出てくるんだけど、いくつか脚注がついている。たとえば夏祭りの「松本ぼんぼん」について

“Bonbon” vient du terme “Bon-Odori” qui désigne une danse traditionelle japonaise que l’on fait souvent pendant les fêtes en été
(「ぼんぼん」とは「盆踊り」という、夏祭りによくやる日本の伝統的なダンスからきたもの)

とある。何か違う気もするけど、日本のお盆の風習についてクドクド書くよりも、この方が確かに漫画を読む青少年(?)のアタマには入りやすいのかな、と思った。また、浴衣についても

kimono léger d’été
(夏のライトな着物)

とあり、確かにそう表せば簡潔にして明瞭。
松本の初詣の流儀「二年参り」は

Deux années à cheval
(二年跨ぎ)

と訳され、脚注には

Appellation dans la région Nagano pour désigner le réveillon du jour de l’an
(長野地方での元日のレヴェイヨンの呼び方)

とある。レヴェイヨンとは大晦日の夜のお祝いのことで、この単語を引き合いに出すことで読み手に想像力を持たせ、かつ初詣や神道の説明を巧みに避けてるんだなと感心する。
漫画のセリフに出てくる単語は全然難しくないだけに、若者コトバの表し方や、日本の文化の解説が際立って面白い。

僕の時代も、フランスにかぶれてフランスにだけ詳しくなっちゃう女子学生が少なくなかったけど、自分の国の風習や文化を分かりやすく説明できるだけの知識とスキルって物凄く大事なはずだし、それこそが国際化、国際人の第一歩だと思ってきたけれど、漫画で学べるのはきわめておいしいんじゃないか、と思ってしまった。