映画『タイタニック』の終盤、カルパチア号に救出されたキャル=ホックリーが婚約者ローズを探しに甲板を歩き回るシーンがある。タキシード姿のキャルを見て船員が曰く、
「サー、お探しの方はここにはいません。奴らは皆スティリッジです」
Steerageとは三等船室やその乗客を指す言葉だが、印象的なのはその船員の口調がいかにも三等を見下していることである。
現代の長距離旅行は大型船からジャンボ機に取って代わったが、航空用語には船舶時代の名残を留めるものが少なくない。機長はキャプテン、距離はノーティカルマイル(海里)、速度はノットである。客室の等級が3つという点も同じであろう。
職業柄、海外に出張することが間々ある。ビジネスクラスでは専用のチェックインカウンターが用意され、搭乗迄はラウンジで寛ぐことが出来る。飛行機が離陸すればシャンパンが振る舞われ、コールボタンを押せば乗務員が自分の名前を呼んで応えてくれる。飲み物、食べ物があれこれと供され、手許のモニタでは映画を好きな時に見ることが出来る。長時間のフライトを出来る限り快適に過ごして貰おうという航空会社の心意気が見て取れる。
勿論、エコノミークラスではそうはいかない。僕自身プライベートではエコノミーに乗るが、搭乗迄の長い行列、狭い座席、不味い食事に不満がなくはない。しかし、三等なれば寧ろそれが当たり前であって、スティリッジにしては悪くない待遇ではないかとさえ思える。
飛行機に乗る、海外に行くこと自体が特別だと思い込んでしまう人は、格安航空券でも特別な待遇を期待してしまうのかも知れない。しかし現実はタイタニックの時代と大差ない。安いチケットならばそれなりのサービスしか得られないし、5倍10倍の運賃を払えば下へも置かぬもてなしが約束される。
考えてみれば当たり前のことではあるが、それを忘れてしまう輩が機内で威張っているのを時々見かける。客室乗務員も大変だ。


(初出:Cliches.net メールマガジン第2号)

タイタニック アルティメット・エディション
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン (2006/01/07)