東大法学部から大学院に進学し、英国留学を経て博士号を取得した才媛。
しかし、女子大の教職に就いた直後に肺癌が発覚。患部切除を検討した矢先に腰への遠隔転移が分かり、もはや手の施しようのないステージ4であることが明白に…
 

その夜、妻に最期のキスをした。
横山 文野 山口 智久
マガジンハウス
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「まだやりたいことがあるのに、ずっと苦しい勉強を続けてきて、やっと研究者としてのキャリアをスタートさせたばかりなのに、まだ終わりたくない。子供だってキャリアを優先して先送りしてきたのに、このまま子供も産めずに死ぬの?」

 
一時はうつ病に陥るも教職に復帰した彼女を、しかし病魔は確実に蝕み、やがて脳へも転移。「専業のがん患者をやめる」と決心した彼女はガンマナイフ治療を受けながら、教壇に立ち続ける。そして…
 
本書は彼女自身とご夫君によるブログ記事の再録が中心で、ストーリー仕立てになっていないだけに、確実にめくられてゆく最終ページまでの淡々とした記述がむしろ胸にこたえる。
 
本書を読むのは実は二回目なのだが、読み終えて改めて思うのは、彼女はひとりではなかったということ。
最期まで寄り添い続けたご夫君はもちろん、両方の家族、職場の同僚や教え子、病院の医師たちが、どれだけ彼女の魅力に惹かれ、彼女の生きる姿を眩しく見てきたことか。
 
遺された者たちが、故人の分まで生きようなどという、おこがましいことを言ってはいけないと僕は思っていて、普段の自分の生活だけだって手一杯なのに、自分のことしか考えられないくせに、そんな出来もしないことにコミットできるはずもないから。二度と会えない、話すことのできない人とどう向き合って、記憶から薄れていってしまう人を、どうやってこれからも在らしめるのか、対話をしてゆくのか、について、こころに留めていることのほうが大切だと僕には思えるのだ。
 
彼女が身罷った後、勤務先の跡見女子大学では、女性学の優れた論文を表彰する「横山文野賞」が設けられ、毎年卒業生の中から選出されているという。
 
果たして、彼女はこれからも在り続ける。沢村栄治や直木三十五の足跡を理解していない僕でも、彼らの名前が優れた才能の代名詞として語り継がれているのを知っているように。