結局一睡もできずに朝を迎える。眠くて注意力散漫になりがちなので、大事なものを忘れていないかチェックする。7時過ぎに起きてきた息子が、なぜか絵本を読んでくれとせがんでくるので、時間は限られてきたが短い物語を一緒に読む。こういうことも暫くできなくなるなと思う。寝不足のせいでお腹は空いていないが、妻のつくるサンドウィッチを食べて、妻子と共に東京駅へ。トランクとバッグが計5つになってしまう。妻子に手伝ってもらい、成田エクスプレスに押し込む。ここで妻子とはお別れ。


成田空港駅に着くと、ひとりで荷物を運ばなければならない現実に改めておののき、何とか少しずつエレベータまで荷物を転がして、コンコースのフロアまで移動。改札前でトランクを全部カートに載せて、ようやく落ち着いて出発フロアーに上る。いつも空いているゴールド・メンバーのカウンターに向かうと、荷物の多さにポーターのおじさんも苦笑い。女性のグランド・スタッフにチェック・インしてもらう。接客のプロと向き合ってその所作を観察するのは、いつ見ても飽きない。見られる側にしてみたらたまったものではないだろうが。
と、スタッフ嬢「ミズノさま、本日はミュンヘンでお乗り換えで……………………」と言ったあと、恐らくはジェノバの空港コード”GOA”が分からなかったのか、あるいはGenoaという英語標記に戸惑ったのか、気まずい沈黙が流れてしまう。そこで、僕から「ジェノバね、イタリアの」と正解を言ったら、向こうも「ハイ!」笑顔で回答。自社便が飛んでない土地の空港コードなどいちいち覚えていないのはもっともだ。別に彼女を馬鹿にしたいのではなくて、こういうお茶目なコミュニケーションも、自動チェック・イン機では味わえない旅の楽しみの一つということだ。ジェノバまでの搭乗券を発券してもらい、カウンターに程近いツタヤで本を2冊買う。
さっさと出国して、免税店を冷やかす。短期出張ならば、家族へのお土産を入念に考えてしまうところだが、今回は相当に長い滞在になるし、乗り継ぎがあるから液体の化粧品類は買えないので、駐在員向けのお土産だけ簡単に整える。
ラウンジに入り、蕎麦を食べようかと思ったが、期間限定でソース焼きそばがあったので一皿いただく。最後のメールチェックを済ませて、搭乗口に向かう。
ミュンヘン行き全日空207便は12:15発なのだが、11:50を回った時点で既に「最終のご案内」とのアナウンス。10分前にゲートを閉めることは知っているが、このタイミングでファイナル・コールとはいくらなんでも煽りすぎじゃないかという気がする。でも、いつまでも免税店で粘るような客もいるから、早々に促す必要があるのだろう。出国ゲートから遠い搭乗口なだけに尚更。定刻輸送を守るためには、眼に見えない現場の努力がたくさんあるんだろうなと考えてしまうが、あまりボヤボヤしているとグランド・スタッフに怒られそうなので早足で機内へ。
離陸前にウトウトしてしまい、気がつくと機体はかなり上昇している。文庫本を読もうとすると、客室乗務員に「本日は空いておりますので」と、隣に誰もない列を勧められ、席を移る。確かにガラガラだ。いつもの欧州便ならば、水平飛行になってほどなく食事が出てくるのだが、気流が悪いらしく再びベルト・サインが灯いて、なかなか落ち着かない。暫くしてようやく食事。どんなにガンバってもチンご飯と冷凍食品の域を出ることはないのだから、できるだけハズレの少ないメニューを選ぶようにしている。すなわち、冷製の前菜とステーキの出てくる洋食を選択。パンのほかにご飯も選べるというので頼んでしまう。デザートのパフェにも満足して、お腹いっぱいになってシートを真っ平にして、睡眠導入剤を飲んで、耳栓とノイズキャンセリングヘッドホンをして眠る。これで身体が素直に休まってくれる場合と、何となく気持ちが落ち着かない状態が続いてしまう場合があるのだが、今回は残念ながら後者。出発前の寝不足が祟って、かえって気が立ってしまって頭がモヤモヤしているのだと思う。とはいえ、3時間程度眠る。持ち込んだ文庫本を読んだり、パソコンを広げたりして時間を潰す。長距離移動中の飛行機ではいつもブリグリ“Hello Another Way”を聴く癖がある。この曲が、全日空のライバル日航のCMソングだったのはともかくとして、歌詞にある「いつも味方よ」というのは僕がいつも自分の大切な友達について思ってい、また口にしてその通りにしていることでもある。誰だって一人ではないのだ。
軽食やら飲み物やら、客室乗務員が甲斐甲斐しく世話してくれるのはうれしいものだが、あれだけの気遣いをするにどれだけ気を張り詰めていなくてはならないのか、本来の業務である機内の安全確保の為に神経を尖らせなくちゃいけないのに、と思うと、彼女たちが抱えているものの途方もない大きさに、ひたすら頭が下がる思いがする。
着陸が近づき、食べ物のラスト・オーダーだというので和食の朝食メニューを頼む。どこかの有名な料亭の監修だというのだが、会社でよく食べる仕出しの弁当と印象はあまり変わらない。とはいえ、暫く和食とは縁遠くなるので、あまりお腹は減っていなかったがしっかり食べておく。
ミュンヘンには定刻より若干早く着陸。ジェノバ行きの乗り継ぎ便まで4時間あるので、一旦入国して、空港ターミナルを冷やかすことにする。入国審査の行列で、前に並んでいた日本人と思しき男性が係官にあれこれ問い詰められていたので、自分も同じだとイヤだなと思いつつパスポートを差し出すと、あっさりハンコが押されて入国。
ターミナルに出てみると、何度か行ったことのあるフランクフルトに似た雰囲気で賑わっている。時間があるから絵葉書を書こうと思って売店へ。ニューズスタンドというには大きくなり過ぎている、この新聞屋とも本屋ともコンビニともつかぬこの形態の店を日本語でどう表現したら良いのかいつも迷う。絵葉書を数枚求め、レジで、僕が知っている数少ないドイツ語「ブリーフマルケン(切手)」を言いかけると「ノー! テルミナル・アイ……ポストオフィース………」と英語交じりのドイツ語で拒絶される。アイというのはターミナル1(アイン)のことかと理解して、案内図に従いターミナルを移動する。外に出てみると、ターミナル間が大きな屋外広場のようになっていて、ビルを含む空港の建物全体が、ショッピング・モールのようになっていることが分かる。広場を横切り、ターミナル1に入ると、ここもスーパーマーケットやら洋服屋やらがあふれている。郵便局はなかったが、切手の自動販売機を見つけたので、手持ちのコインを入れて購入。お釣りは切手で出てくるという仕様で、若干無駄になってしまうが買えないよりは良い。
空いているベンチを見つけて手紙を書き上げ、ターミナル2に戻って出国ゲートを通過。買いたかったキールズのクリームを手に入れてから、ルフトハンザのラウンジを見つけて一服。喉が渇いていたのでダイエット・コーラを飲む。酒飲みだったなら、こういう場所で無遠慮にガブガブ呑んでしまうんだろうなと思う。機内食をたくさん食べてきたので今更お腹も空かないのだが「ミュンヘン風ミートローフ」なる掲示に惹かれてお皿によそってしまう。時間を潰してきたものの、それでも搭乗まで2時間あるので、手荷物を整理したり、パソコンを広げたりしてゆっくり過ごす。
再びターミナルに出ると、おもちゃ屋があったので、Sikuのミニカーを息子に買う。搭乗時間が近づいてきたので、ジェノバ行きのゲートに並ぶ。ルフトハンザの便名はついているが、実際の運航は“Air Dolomiti”なる航空会社。移動がバスだったので小さい飛行機なのだろうなと思っていると、果たして待っていたのはATR-72。プロペラ機なんて何年ぶりだろうと思いつつ、狭い座席に腰を下ろすと、まるで電池が切れたかのように眠くなり、気がつくと機は既に着陸態勢。ほぼ定刻にジェノバに到着。荷物がなかなか出てこないので心配になるが、暫くすると出てきて、カートに積んで出口に向かう。怪しい東洋人がひとりで大量のトランクを運んでいたら、税関職員としては格好のカモの筈なのだが、深夜で仕事をしたくないのか、全くのスルーでゲートを突破する。
現地駐在員にお迎えいただき、今夜からの住処となるレジデンスホテルへ。やや古めかしいつくりだが、キッチンを含め水回りはキレイで申し分ない。学生時代、留学していたベルギーのアパートと全く同じ形の電熱コンロがあって懐かしい。ともかくも荷解きをして、衣類をクローゼットに吊るし、食料品を棚にしまい、シャワーを浴びて床につく。長い長い研修初日が終わる。
 

Hello Another Way-それぞれの場所-
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