朝5時半に起きる。いつも通りに妻のつくる朝食を食べる。着替えて部屋の床掃除をする。いつもならば7時には家を出ているが、今日は空港に直行するので余裕を持って作業する。最終的な荷造りを確認して、妻と息子に見送られて家を出ようとすると、上着を忘れたことに気づいて一旦引き返す。歩いて東京駅に向かうが、途中、トランクの車輪が真っ二つに割れて仕舞う。幸い、縦に裂けているだけで車輪の形を留めているので、持っていたビニールテープでぐるぐる縛りにして応急措置を施す。八重洲地下街から総武線地下ホームまで地下通路をてくてく歩いてゆく。成田エクスプレス15号は定刻10:03に発車。


「東京から成田空港まで急行で1時間以内で結ぶこと」は、成田エクスプレスの事実上の産みの親である石原慎太郎運輸大臣(当時)が空港アクセス鉄道を敷設する際に命じていたことだったが、実は運輸官僚の方でも全く同じ考えでダイヤを試作していたという。大臣の指示通り「急行」だったならば料金が安くなっていたところだが、JR東日本はむしろ逆に割高な「A特急料金」を取っている。今後、成田高速鉄道が開通したらこんな殿様商売は出来なくなるのではなかろうか。JR東日本といえば、初代社長になった住田正二はコテコテの運輸官僚で、もともとは社長含みで全日空の顧問となっていたものの、同社のドン・若狭得治(やはり運輸省出身!)と対立して早々に同社を去ったという過去は余り知られていない。住田氏は全日空がボーイング767を導入することに強く反対し、減価償却の終わったボーイング727を使い回していればよいと主張したと伝えられている。その後を知っている我々から見れば、世界最大級のB767ユーザになり、その後継機たるB787のラウンチ・カスタマーになりおおせた全日空の社内でそんな議論があったことに驚くし、それ以前に、日航は「官」で全日空は「民」というイメージを我々の多くは抱きがちだけれども、その民間企業にも、実際には国の政策やそれを司るビュロークラットたちの意向が及ばないわけはない、むしろズブズブでさえあるという事実を覚えておく必要はある。そんなことを考えているうちに、空港第2ビル駅には定刻に到着し、出発ロビーに出てチェックインをする。8月も下旬で半端な曜日のせいか、物凄く閑散としている。今回は預入荷物がないので、グランド・スタッフの女性に自動チェックイン機での手続きを勧められる。確かにラクチンだけれども、短時間でテキパキと搭乗手続きをしてくれる係員の技を見られないのはどこかしら寂しくもある。早々に出国して、免税店で買い物をする。あれこれ買い込んでから、サクララウンジに入る。やはり人影が少ない。これから機内食が沢山供されるのは分かっているのだが、カレーライスが美味しそうだったので思わず食べてしまう。食後、時間が余りなくなってきたので、コーヒーだけ飲んで出発ゲートに向かう。
妻に電話してから携帯の電源を切ってゲートをくぐるが、この間、搭乗口の係員がしきりに搭乗を促してくる。言葉遣いこそ丁寧だが、
「ただいま全てのお客様をご案内しておりまーす」
という大きな声の口調には有無を言わせないものがあり、「さあ早く乗れ」という言外の強い意思を覚えずにいられない。定刻までに全ての客をシップに案内するというのはグランド・スタッフにとって至上の命題なのだろう。いつも笑顔で丁寧なハキハキ声で応対する教育を受けている航空会社の係員が、人間くささを剥き出しにする数少ない瞬間かも知れない。昔と違って券面の二次元バーコードを読み取ってゲートを通過する。磁気テープを読み取る従来の機械と同じことをしているに過ぎないのだが、何だかスーパー・マーケットの会計のような気分になる。日航407便はボーイング777-300。すっかりジャンボを見なくなった。座席のアップグレードを得られたのでビジネスクラスに落ち着く。最前列なので、足下が妙に広い。妙に愛想の良い客室乗務員がやや甲高い声で挨拶に来る。僕と同年代と見受けるが、これくらい自分をハイテンションにしておかないとやっていられない商売なのかも知れない。離陸後、うとうとしているとミール・サービスが始まる。シャンパンに手を付けそうになるが、上空で具合が悪くなるといけないのでジュースにしておく。前菜、サラダ、ステーキと申し分ない。デザートのアイスクリームがガチガチに固いのはご愛敬だが、不味いわけではない。上空では一度溶けてしまうと再び凍らせられないのだろう。流石に眠くなってきたのでシートを真っ平らにして目を瞑る。耳栓をした上に、備え付けのノイズ・キャンセリングヘッドフォンをしているので相当に静かになっている。ぐっすり眠って眼が醒めると喉が渇いたので、すぐそばにあるギャレーでミネラル・ウォーターを飲む。しばらく本を読んだり、パソコンを開いたりして過ごす。最前列なので、客室乗務員の姿が嫌でも眼に入る。客室の保安という主務のほかに、メイドか女中のような接客をして、デパートの売り子さながらに機内販売までこなさなければならないのだから、彼女たちの仕事は本当に大変なんだろうなと改めて思う。プロなんだから出来て当たり前、という考え方もあるだろうが、自分には務まりもしない仕事をしている人に、当たり前なんて言葉は軽々しく用いるべきではないとも思う。フランクフルト空港にはほぼ定刻に着陸。出口の案内が”Ausgang”と書かれていて、そういえば留学していたベルギーでも一部でドイツ語表記があったな、オランダ語は”Uitgang”だったよな、などと昔のことを思い出す。入国審査を済ませて、到着ロビーにまかり出る。売店に向かい、絵葉書を買っておく。予めドイツ語のカンペをつくっておいたので、
「ブリーフマルケン アオホ ビッテ」(切手もください)
「ナハ ヤーパン ビッテ」(日本宛てです)
と、棒読みするとたちまち通じて無事にお買い上げ。タクシーに乗り、ホテルに向かう。昔はロスチャイルド家の別荘で、ナチスによる接収を経て現在はホテルに改装されている代物で、庭も広く落ち着いている。愛想の良い女性の係員に迎えられ、チェックインを済ませる。昨日先着して、別の会議を終えたばかりの上司たちは、ちょうど近所の街のレストランに向かっているというので歩いて追いかけることに。その途中、スーパーマーケットが眼に入ったので立ち寄ってみる。何でも、オーガニック製品しか扱っていないのが売りらしい。子供服の売り場に、ちょうど息子のサイズに合うベビー服があったので、さっさと買って店を出る。イタリアン・レストランで上司らと合流して、サラダとパスタ、赤ワインの夕食。軽い時差ぼけのせいか、自分でも気分が高ぶっている。ゆっくり食事を終えて、ホテルに歩いて戻る。今日1泊だけなので、荷物はそう多くないが、免税店で買った品物を整理する必要があるのでトランクをひっくり返す。段々と眠くなってしまい、せっかく買った絵葉書もあまり書けないまま床に就く。

カレーライス
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