1970年代後半、F1レースのマシンは「グラウンド・エフェクト」と呼ばれる空力を利用して飛躍的に速度が向上した。これは、ベルヌーイの定理として知られる「気圧の低い場所で流速が増す」(チョロチョロ流れている水でもゴムホースを指でつぶすと勢いよく飛び出るようになる)現象を応用したもので、マシンを地面に吸い付ける効果があったが、路面の凹凸などで車体と地面がひとたび均衡を失えば、大事故に繋がる危険性があった。そこで、F1レースを取り仕切っていたFISAは、1981年に「F1カーの車高は6センチ以上なくてはならない」というルールを発表した。車高が上がれば、先の例えで言うところのゴムホースを押し付ける力が弱まることになるから、マシンを地面に吸い付ける力自体が減るということだった。しかし、ブラバム・チームのデザイナー、ゴードン・マレーは「走行中の車高を検査することは出来ない」という事実に注目した。そして、コース上では車高を好きなだけ下げ、ピットに戻ってマシンを停める直前にボタンを押すとむっくり車高が上がって車検を楽々クリアしてしまう特殊なサスペンションを開発した。人を馬鹿にしたようなこのアイデアに他チームもこぞって群がり、車検場には不自然なまでに車体の持ち上がったマシンが整列することになった。