ソニーの第6代社長、出井伸之が綴る社長在任時の出来事、想い、考え…
現在ソニーが置かれている状況、即ち出井時代の施策の結末を悉く知ってしまっている眼で見ると、そこここで書かれていることが、すべて皮肉に映ってしまうのは致し方無いとは思う。
負の面だけを見ずに考えれば、前任者が主導した映画会社買収で、巨額の長期負債を抱えてしまった会社の立て直しを実現しながら、「デジタル・ドリーム・キッズ」というキャッチコピーでソニーが次に向かうべき領域を明確に示したことは、もっと大きく評価されるべきだと思うのだが。
本書を通じて感じたことは2つあって、1つは、筆者は社内に味方がいなかったのだろうか、ということ。
14人抜きでの社長就任、しかも英語もフランス語もペラペラで男前、となれば、妬み嫉みの類いが社内に蔓延することは想像に難くない。そこへきて、従来のやり方を変えなければならないような経営ビジョンには、何とかして足を引っ張ってやろうという人種が出てきても不思議ではない。自身の後任に指名した、ハワード・ストリンガーとの楽しそうな会話は時折描かれているが、他の役員・社員と一体どのようなコミュニケーションが図られてきたのか、社長の考えは現場のどこまで浸透していたのだろうかと考えてしまう。
そして2つ目は、1つ目と少し重複するが、なぜハワード某を後継に指名してしまったのか、ということ。
筆者が自ら認めているように、自身が引き立てられてきたのは、しがらみに囚われることなく言いたいことを言って、上司にも公然と反対してきたからであった。にもかかわらず、自分がスカウトしてきた、いわばイエスマンを後継者にしてしまったのはなぜなのだろう。
ハワードを最初にソニー・アメリカのトップとしてスカウトしようとそた時、かのメディア王、ルパート・マードック氏から直接電話がかかってきて、かなり強い調子で忠告された話を筆者は披瀝している。
「I warn(警告しよう)」と私を脅かしてきました。「ハワードだけは取らない方がいい。絶対に後悔するぞ」
もちろん私はこの警告を聞き入れず、ハワードをソニー・アメリカの社長に据えましたが、受話器から響いたマードックの「I warn」という凄みのある声だけは今でもよく覚えています。
果たして、マードックは何を根拠に警鐘を鳴らしたのだろうか。ハワード某の下でソニーが辿ることになった道を眺めるにつけ、考えさせられてしまう…