「われわれは”明日のジョー”である」との名言を残し、日本初のハイジャックに成功して北朝鮮に渡った赤軍派の学生たち。そのリーダー・田宮高麿と友人だった筆者は、田宮に招かれ1990年に初めて平壌を訪れる。
新潮社
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みんな元気そうではあるが、全員は揃わないし、何かがおかしい。数度の訪問を経て、筆者は北朝鮮、金日成主義、チュチェ思想がもたらした彼らのとんでもない生き様を知ってしまう。そして、副題になった「秘密工作」の中身とは…
相手の心理を探り、そのレベルにあわせて、唯一の選択をあくまで「主体(チュチェ)的」に選びとらせる。それが主体思想の学習方法だった。自ら「主体的」に答えを選択していくこの方法は、学習させられる側にも、強制されたという意識をもたらさない。そのかわり、一度自分が答えた結果の上に、次から次へと最初の答えに矛盾なく論理を重ねていかねばならない。途中で疑問を持つことは、それまでの自己を否定することになるし、そこにどのような矛盾があろうとも、それは自分が「主体的」に答えたはずのものであるからである。逃れようのない無限の循環がはじまった。自己を喪失せず、この無限循環の罠から逃れる術は、たったひとつしかない。チュチェ思想を「真理」として信じることである。ゆるやかに、しかし、着実にブレーン・ウオッシングは施され、そして成果を上げた。
金日成主義では、事実がどうであったか、ということよりも、事実もこうあるべきだ、こうあらねばならない、ということの方が「真実」なのである。彼女たちは嘘をついているという意識を微塵も感じてはいないだろう。なぜなら、実際に経験した事実はどうであれ、それは本来こうあるべき事実の、ちょっとした手違い、間違いに過ぎないからである。その「間違い」を事実として語ることはできない。「事実」は正しく、本来そうあるべきだった姿で語らねばならない。
方法や手段は何でもよかった。結果がよければプロセスは問われない。成功しさえすればよかった。失敗すれば、それは当人のやり方がまずかったのであり活動が未熟だったということだし、成功すれば、“偉大なる首領様”の御加護のおかげだった。
文庫版にして700ページ近い厚みになっているが、一気に読み上げて仕舞えるほどその内容は濃く、かつての同志でなければ聞き出すことの出来なかった証言と、彼らの足跡を追った緻密な取材は、読者を圧倒してやまない。
新聞や雑誌社の幹部が、「これがジャーナリストの仕事だ」と称賛し、部下たちに必読を命じたといわれる渾身の一冊。