後日譚の続き。上智大学の二次試験で奇妙な圧迫面接を受けた理由は長く謎だった。
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令和5年(2023年)1月の振り返り
1月は概ね穏やかに過ごした。
«1995» (13)
僕が上智大学に行くと決めて暫くした頃、高校の保護者会で……
【特集】上智大学が国際教養学部の林道郎教授を懲戒解雇処分 (3)
(初出:Frago95の投稿記事をもとに再構成したものです)
林道郎教授は「論文指導した場所がたまたまラブホだっただけ」との趣旨のコメントを発しています。
僕はここで、自分が上智大学在学中に指導を受けたことのある女性の教授たちのことを思い返してみました。
«1995» (12)
大学受験が始まる前、2学期くらいだったと記憶するが、担任と1対1での進路相談があった。
【特集】上智大学が国際教養学部の林道郎教授を懲戒解雇処分 (2)
(初出:Frago95の投稿記事をもとに再構成したものです)
僕がこの事件を知ったのは、令和3年(2021年)9月20日付の『日刊ゲンダイDIGITAL』の記事でした。
«1995» (3)
高校のカリキュラムは生徒の志望に沿って選べるようになっていて、僕は文系3科目(国語、日本史、フランス語)に絞って、苦手の理数系からは早々に逃げおおせていた。
[800字コラム] 入口と出口
日本のコロナ感染者数が欧州並みに増えないことについて、根拠もなく
「アベ政権が数字を隠蔽している可能性がうんたらかんたら」
と感情論をぶつ学者センセーがいたと記憶する(恥ずかしいことにわが母校上智大学でフランス文学を教えているらしい)。
【続きはnoteで】